戦禍のガザを離れて。ヌールさんの出産
- コラム
10月7日からイスラエル軍とハマスの軍事部門らによる戦争がはじまり、100日以上が経ちます。ガザの人びとは絶望的な思いで日々をやりくりしていますが、1月15日、久しぶりに明るいニュースが届きました。それはサハルの愛娘ヌールさんの出産の知らせでした。ヌールさんはエジプトで無事に出産し、第4子となる元気な男の子が誕生しました!
ヌールさんが臨月であることを私が知ったのは12月下旬でした。その頃ヌールさんは、子ども3人や旦那さんと一緒にガザの自宅でひたすら耐え続けていました。彼女の自宅周辺には空爆だけでなく、イスラエル軍の地上部隊が迫っていたからです。このまま自宅に居続けるのは危険であると家族で話し合い、母子と子どもたちの安全を第一に考え、ヌールさんはエジプトへの退避を決断しました。
現在、ガザから退避するためには、特別な医療を受ける必要があると認められるか、パレスチナ以外の国籍を持っていることなどが最低限必要となっています。ヌールさんは義理のお母さんがエジプト国籍を持っていることから、エジプトへ退避できる可能性があったのです。
ヌールさんも本来であればガザの病院で出産することを希望していました。しかし、かかりつけの病院までの道中は、イスラエル軍による攻撃があり危険な状態でした。また、他の病院では妊婦さんが病院にたどり着いても、イスラエル兵に射殺されるケースも相次いでいました。ヌールさんにとって母親のサハルや兄弟たち、親族や友人など、大切な人たちをガザに残してエジプト行きを目指すことは苦渋の決断です。
ヌールさんに限らずガザの多くの人びとにとって、自分たちが何十年も理不尽な占領下で、さらには2007年からの軍事封鎖にも負けずに、命がけで守り抜いてきた愛するガザを離れることは苦しい決断なのです。ガザの人びとの多くは、自分たちが粘り強く再建してきた美しいガザで、生涯幸せに暮らすことを切望しているからです。
1月上旬のとある日の深夜23時、私はヌールさんから待ち望んだ連絡を遂に受け取りました。「明日の朝一でエジプト行きが決まりました!母には連絡がつかないので至急伝えてくれますか?」私は思わず飛び上がり、大至急サハルにワッツアップやSMS、電話など全ての連絡手段を使って報告を試みました。数時間後、受信ができたサハルから喜びのメッセージが届き、翌朝サハルはラファ検問所でヌールさんや最愛の孫たちを見送ることができました。
ヌールさんと最愛の孫をラファ検問所で見送るサハル
「いつかまた再会できる」そう信じて、ヌールさんはサハルとお別れし、子どもたちとカイロを目指しました。丸一日がかりで無事カイロに到着した数日後、休息する暇もないまま予定日より早い1月15日、無事に元気な男の子を出産しました。陣痛に1日以上耐え、過酷なお産を乗り切ることができました。想像を絶する疲労状態にもかかわらず、安堵と喜びから、出産直後にヌールさんがメッセージを送ってくれました。
元気な男の子が生まれました!
「無事に出産できましたよ!元気な男の子です。ぜひ私の壮絶な出産までの長旅をパルシックや日本の皆さんに伝えてください。私はエジプトで無事に出産できたので本当に安心しています。しかし、本来であれば愛する故郷ガザで出産したかったです。そして生まれたばかりの男の子を母にだっこしてほしかったです。私の夫もまだガザにいます。一緒に退避することが叶いませんでした。今でも夫が無事か、不安でいっぱいです。私が退避した2日後、イスラエル軍の戦車が自宅から100メートルの場所に侵攻していました。あのまま私も子どもたちも残っていたらどうなっていたか分かりません。ガザでは多くの妊婦が今も極度の不安と恐怖、また体調不良や栄養失調などで苦しんでいます」
サハルは孫が無事に生まれて、心から喜んでいました。そして愛娘を送りだした選択は間違っていなかったと安堵しています。しかしその後、ヌールさんの夫から自宅が破壊をされたと写真が届いたそうです。行き場のない苦しみを打ち明ける愛娘に対して、サハルはこう励ましました。
退避直後に破壊を受けたガザの自宅
「悲しまないでヌール。あなたや家族が生き延びることができる限り、また家を建てたら良いのよ。私たちの全ての思い出がつまった家を失うことは本当に辛いよね。でも生き延びたら未来はあるから大丈夫。イスラエル軍は私たちガザ市民、そして土地も建物も全て根絶することが目的なの。しかし、私たちは何度破壊されても立ち上がるのよ。これまでもそう生き抜いてきたように。私たちが生き残ることができたら、私たちは必ず復興してみせるから大丈夫よ。」
ガザの人びとにとって、この土地は何世代にも渡り、不屈の精神で守り抜いてきた大切な故郷であり、生まれてくる新しい命はまさに人びとの積年の悲しみを癒し、愛を与えてくれる希望そのものです。現在、ガザには5万人の妊婦がおり、一日あたり140人の新生児が生まれています。しかし多くの妊婦は現在、避難民の密集した自宅またはテントの中での出産を余儀なくされています。これから生まれてくる尊い命のためにも、停戦が急務です。今も戦下で苦しんでいる妊婦さんや子どもたちが無事であることを祈り続けます。
※本投稿の写真や名前は本人の希望に沿って掲載しています。
(パレスチナ駐在員 ガザ事業担当)