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COVID-19:新しい占領におかれたパレスチナ

  • コラム

2020年2月中旬までに、この新型コロナウイルス感染症は瞬く間に世界中に広がり、パレスチナでも、3月頭にキリストの生誕地であるベツレヘムと近郊のベイト・ジャラを訪れたギリシャの団体観光客を通して最初の感染が確認されました。以降、何百もの検体が検査のために採取され、陽性の患者数は30人にまで増加しました。

パレスチナ政府は30日間の緊急事態宣言を発令し、小中高等学校、大学の休校、ベツレヘム地域の入り口の閉鎖、またとりわけ行政区間の移動を最小限に抑えるよう国民に命じました。

ベツレヘム在住のジャーナリスト、エリカ・ゼイダンは「ベツレヘムの新型コロナウイルス感染症による被害は、パレスチナの他の行政区と比べて一番深刻だ」と話します。

「この小都市の生活は大きく変わり、混雑していた道路は空っぽ、街で有名な建物やレストランから人が消えました。生活が突然止まり、ほとんどの時間を家の中で過ごしています。旅行に出かけたり、教会にお祈りに行ったり、親友を訪ねたり、当たり前だと思っていたすべてのことができなくなりました。」

「ジャーナリストとしての状況も変化してきている」とゼイダンは言います。外出時はいつもマスクと手袋を着用し、家からたった15分の距離にあるオフィスに出勤するため、パレスチナ自治政府が管轄する検疫門を毎日3か所通過する必要があり、常にプレスカードを携帯しているそうです。

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閉鎖されたベツレヘム、イエス生誕教会前  撮影:Hisham Abu Shaqra

社会が傾きかけたとき、より深刻な影響を受けるのは、貧困者などの社会的弱者です。国際援助への依存率が高く、また十分な衛生環境が保たれていない難民キャンプ内の状況はどうなっているのか、ベツレヘムのドヘイシャ難民キャンプに住むジャーナリスト、イフラス・アブゼルに話を聞くことができました。

「ベツレヘムの封鎖が始まった頃、キャンプ内の人びとのコミットメントは高くなく、みな状況を軽く見ていました。しかしその後、結婚式の延期、スーパーマーケットやパン屋を除く商店の閉鎖、人びとの移動は極度の必要性がある場合のみに制限されるなど、生活のさまざまな活動が規制されました。多くても2部屋以下の場所で家族全員が暮らすような狭小住宅がほとんどのキャンプで、隔離は不可能といっても過言ではありません。キャンプの狭小な設計では、人びとの摩擦を減らすことはできません。新型コロナウイルス感染症や予防策の知識を高めるため、パレスチナ医療救済協会(PMRS)がポスターの配布を率先し、その後UNRWAや難民キャンプ内の青少年センターなどの施設も、感染の可能性がある人びとの追跡や、正しい情報の提供に努めました。医療に関しては、緊急時に限り遠隔医療が始まりました。体調がすぐれないときには、遠隔で医師の問診を受け、処方箋やメディカルレポートをもらいます。」

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狭小設計の難民キャンプ(ラマッラー、アル・アマリ難民キャンプ)

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狭小設計の難民キャンプ(ラマッラー、アル・アマリ難民キャンプ)

ベツレヘムの封鎖のあと、ヨルダン川西岸地区の住民は慌てて衛生用や日用品を手に入れるため薬局や商店に急ぎました。挨拶の抱擁や握手を避け始め、街の通りは空っぽになり、東アジアを中心とする外国人に対する差別的な言動もより多くみられるようになりました。社会に淀んだ空気が流れ始める一方で、各都市から感染エリア、ベツレヘムへの支援が集まりました。西岸地域南部のヘブロン県では「がんばろう、ベツレヘム!(Be strong, Bethlehem)」の横断幕が掲げられ、飲料水のコンテナが送られ、北部のトゥバス県からは野菜と果物のトラックが贈呈されました。

その後、トゥルカレム、ラマッラー、ジェリコ、ナブルスでも新しい患者が確認されました。こうした患者のほとんどは海外からの帰国者や、イスラエルへの出稼ぎ労働者でした。患者数が32人に達したとき、政府は新しい対策を講じ、制限の輪をカフェ、レストラン、ジム、式場、モスクや教会などの宗教施設などすべての公共施設に拡大しました。同時に、イスラエルへ出稼ぎに行っているパレスチナ人労働者に対しては、少なくとも2か月間の西岸地区への帰省を自粛、行政区間の移動にもさらなる制限をかけました。

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ラマッラー、渋滞スポットのアラファート広場は空っぽに  撮影:Mohammad Silwadi

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ナブルス近郊C地区フワーラ検疫の様子

次に、ヨルダン、イスラエルによる制限が強化されました。ヨルダンは、パレスチナからヨルダンへの入国を禁止しパレスチナに送り返す措置を取りはじめ、イスラエルはベツレヘム周辺を包囲し、ヨルダン川西岸地区とエルサレム間のすべての検問所を閉鎖しました。

ベツレヘムの封鎖と規制が続く中、同地域では住民有志の間で、緊急委員会が結成されました。一時期的な支援計画や、状況の管理、またフードバスケットの配布、近隣で寄付を集めて貧困家族に寄付するなど、コミュニティ内の繋がりが強いパレスチナだからこそできる助け合いの形が見られました。

新型コロナ感染症のパンデミックはパレスチナの経済を脅かしています。観光産業が主な収入源であるベツレヘムでは、経済的な影響が等しく全ての人に及んでいます。繁忙期のイースター休暇が間近に迫っている今、閉鎖は大きな打撃になります。

大学を含むパレスチナの全学校が3月5日以降休校になり、早1か月が経とうとしています。もちろん交通・運輸セクターにも多大な損害を出しています。農家も自分たちの土地を管理できず、作物を輸出できない状況にあります。

パレスチナでは、地域の市場消費はイスラエル内部のパレスチナ人(アラブ系住民)にも大きく依存していますが、移動規制がかかる現在、西岸地区へ買い物に来られなくなり、消費は減少しています。

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いつもは車と人で混雑するナブルス市の大通り 撮影:Wajdi Mohsen

規制が強化される中、イスラエル内部のパレスチナ人労働者は2つの選択肢に直面しました。感染リスクをとってイスラエル内部に残るか、それとも脆弱な家計にかかわらず仕事に行かないで自宅に留まるかのどちらかです。4月に入り、イスラエルは翌週から始まる過越祭のため、イスラエル内部や西岸地区の違法入植地の工場内などで働くパレスチナ人労働者約46,000人に対して帰宅命令を出しました。こうした人びとの帰宅によって西岸地区内の感染者数が増加することが懸念されています。

パレスチナ中央統計局によると、西岸地区には5,000のカフェやレストランの飲食店があり、労働従事者は21,000人を超えます。現時点までに、コロナ感染症関連の損失に関する正確な統計はありませんが、1日あたりの収益として平均2,000シェケルの飲食店を想定すると、1か月で西岸全体の飲食店の損失は3億シェケル以上(およそ100億円)に及びます。

西岸地区とガザ地区での患者数が36に増加した段階で、政府はこの状況を“予防措置における非常にセンシティブな段階”と表し、全国民からの協力が必要であるとして、3月22日午後10時から4月5日まで14日間、パレスチナ全土の閉鎖と政府関係者、医師、ジャーナリスト、銀行職員などの金融関係者、許可のある農家、食品加工業従事者などを除く全国民への外出禁止を決定しました。また状況に応じて日数を延長する可能性も検討されています(※4月3日西岸全域で1か月の延長を決定)。

新型コロナ感染症の拡大を食い止めるため、予防策も講じられています。道路の消毒、兵士と警察を配置した24時間体制での都市間、都市内部の人の移動の制御、各都市のホテルなどには検疫所が設けられ、食料等の必要物資の配達サービスも開始されています。

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ラマッラーの通りを消毒する消防車 撮影:Arien Rinawi

これまでに講じられた新型コロナ感染症対策によって、現段階では急激な感染の拡大は阻止されていますが、感染者数はわずかに増加してきています。4月1日付でパレスチナ保健省は134の感染者(西岸地区116名、ガザ地区12名)を確認しています。18名はすでに回復し、1名が亡くなりました。現在、パレスチナの医療現場で利用できる人工呼吸器は120器のみという危機的な状況にあり、今後患者数が増加した場合にすべての命を救うことはできません。また、イスラエル側の患者数が過去2週間に急増し、8,000人を超過しました。人口約860万人(内、ユダヤ系人口は8割)の感染比率は約1,000人に1人と大変高い確率になります。イスラエル占領下のパレスチナではイスラエル国内での事態収束なしに移動制限が解かれることはないでしょう。

いま、自宅で待機することが、私たちがとれる唯一の選択肢ですが、同時にストレスも溜まり始めている頃です。いつもなら街がにぎわう平日最終日の木曜日の夜も、自宅謹慎のため本当に静かです。市民を勇気づけるため、4月最初の木曜日、ラマッラー市の数か所でパレスチナのDJたちが自宅屋上からイベントを行い、注目を集めました。また四六時中警備に従事する警察やライフラインを支える労働者に向かってバルコニーから歌い、感謝を伝える市民の姿もあります。

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ラマッラーの中心アル・マナーラ広場に配備された騎馬隊(警察)   撮影:Mohammad Silwadi

感染拡大を阻止し、物語に終わりを導くために、私たち市民が思考を変えていかなければなりません。

(パレスチナ事務所 ヤラ)

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