【開催報告】スリランカ経済危機:そこに暮らす人びとの今(後編)
- コラム
2022年7月7日夜に、「スリランカ経済危機:そこに暮らす人びとの今」と題したオンラインイベントを開催し、経済危機下で暮らす人々の様子を知り、日本から私たちにできることは何かを参加者の皆さんと一緒に考えました。
イベントは1時間と短い時間でしたが、大変凝縮された内容でしたので、このイベントの様子を2回に分けて報告します。前編のコロンボに暮らすコンサルタントの田村智子さんのお話についてはこちらをご覧ください。後編は、スリランカ北部の町ジャフナ・タウンに暮らすパルシックの元スタッフのアジットさんから、パルシックの事業地の漁村、とくに内陸部の漁村で起きていることについてお話いただいた部分を報告します。
アジットさんには、次の4点についてお話していただきました。
1.現在の状況の概況
2.パルシックが長らく活動をしてきた、スリランカ北部の漁村の状況
3.漁村の中でも特に大変な状況にある、ムライティブ県タンニムリップ村の状況
4. 今後の見通し
アジットさんの報告については、こちらの動画でもご覧いただけます。
1.現在の状況の概況について
食料の価格は急上昇し、水や電気、医療、新聞などの日々の生活に欠かせない必需品が日増しに不足していっています。日雇い労働者やシングルマザー世帯、農家や漁師を含む低~中所得者のような社会の脆弱層が最も影響を受けており、食費や医療費を支払うことができなくなっています。
この状況はすべての世帯に悪影響を与えており、必需品以外の支出ができなくなったことで親は悩み困惑しています。というのも、子どもたちにとっては、国の経済状況が悪化しているということを理解することは難しくても、親たちの行動の変化を感じ取って不安を感じています。
また、燃料不足のために、多くの子どもたちは学校に行けなくなっています。停電の結果、電気やインターネットが使えず、家でも勉強ができません。村の学校の校長先生たちは、子どもたちの栄養状況を懸念しています。食事をとらずに学校に来ることで、子どもたちは集中できず、めまいで倒れてしまう子もいます。
2.スリランカ北部の漁村の状況
漁村では、1ヶ月以上の燃料供給を受けられておらず、漁業に出られておらず、他の生計手段を持たない漁民世帯は不安に陥っています。この経済危機の前は沿岸部の漁民は平均して月額4万-5万ルピーの収入を得ていました。
しかし、今彼らは全く収入がなく、貯金も底をつき、大変な苦難に直面しています。 漁業はスリランカの重要な産業の一つで、多くの人がこの産業に従事してます。漁船は一日に20-50リットルの燃料を必要としますが、この経済危機によって、漁民は燃料のケロシンを得るために毎日何時間も並んで待たなければいけません。
そして今、燃料不足により仲買人が魚を買い付けに来ることができなくなっており、魚の価格も高騰しています。1キロ400-600ルピーだったのが、今は2,000-2,500ルピーです。この価格では消費者は買えませんし、漁民自身も売ることができません。そして、長時間にわたる停電により製氷機が使えず、魚の鮮度を保つための氷も得ることができなくなりました。燃料と氷不足のため、市場に運ぶこともできません。
その結果、多くの漁民世帯は食事の回数を1-2回減らし、それもごはんと簡単なスープや玉ねぎとチリだけなど、質素な食事をとっているという悲しい状況です。ただ、これは漁村だけではなくスリランカ中で起きていることです。
3.内陸部の漁村タンニムリップ村の状況
タンニムリップ村は、スリランカ北部のムライティブ県に位置し、県内の中心の町ムライティブタウンから35km内陸に入ったところにあります。町から離れた辺境の村で、不便なところです。現在この村には120世帯が暮らし、村人の主な収入源は日雇い仕事です。
この村はパルシックのリサイクルサリープロジェクトの事業地の一つでした。2020年にはゆうちょ財団の助成金をいただいて、追加の縫製研修を実施しました。20名の女性たちに研修を行い、女性たちの希望に応じて女性用の服や子供たちの制服などを作る研修を実施しました。
その結果、女性たちは希望していた縫製技術を身に着けることができました。 研修後に村の人たちから縫製仕事のオーダーを受けて、月額1.5万-2万ルピーの収入を得られた女性もいます。しかし、この経済危機後は、縫製するための材料を買えなくなりました。研修に参加した女性たちによると、この村では現時点で、「だれも収入を得られておらず、日々の生活必需品を得るためのお金がないのだ」と言います。こんな状況で一体誰が衣類にお金をかけられるでしょう。
この村では、季節労働として6か月間は淡水漁業をし、残りの6か月間はピーナッツや田んぼでの農業労働者として働く人が多くいます。淡水漁業をしている池では、この村の人たちだけのものではなく、近隣の村の漁民も漁をします。定期的に稚魚の放流が行なわれ、それを分け合って漁業をしてきましたが、経済危機になって以降は燃料不足により政府機関による稚魚の放流が行われなくなり、池に十分な量の魚がいなくなってしまいました。そのため、男性も女性も子どもたちを食べさせるための収入を得るために必死です。
村の人によると、これまではムライティブタウンから村へのバスが一日に4便あったそうですが、燃料不足で今年の4月からバスの運行が止まってしまいました。そのため、村の人たちは町に職探しや日々の買い物に行くことも難しくなりました。
たとえ車やバイクを持っていたとしても、今は燃料不足でそれらも使えません。村の人によると、町に行くのに2リットルのガソリンが必要ですが、今は2リットルのガソリンを得るのに1,000ルピーかかります。2リットルの燃料を得るためにはガソリンスタンドで9時間なら離れければなりません。しかも、9時間並んだとしても、品切れで必ず買える保証はありません。もしこの村の人が何か緊急事態になったとしても、病院に行く手段がありませんし、救急車を呼んだとしても燃料不足により来ることができません。
以前は5軒の日用品店がありましたが、物価高騰のため今は1軒だけ営業しています。この1軒のお店で売られている物の価格は町の価格よりも3-4倍高くなっています。以前複数のお店があったときには価格競争があり、今よりも安価でした。また、以前はつけで買うことができましたが、今は現金がないと買えなくなりました。
このように、この村は大変深刻な状況に置かれています。収入がないために、人びとは食事の回数を減らし、貴金属を質に入れて、どうにか生活している状況です。一日に一食しか食べられなくなった人びともいます。このことは、子どもたちの成長に影響を及ぼす大変差し迫った問題です。私たちは既に26年間に及ぶ内戦で多大な影響を受けましたが、今再び、この深刻な経済危機により教育、栄養、社会生活において次の世代にも悪影響を与えようとしています。
繰り返しますが、この村は私たちが事業を実施し、よく知っている村なのでご紹介しました。しかし、この村はスリランカ中で大変な状況にある村の1つに過ぎません。
4.この先の見通しについて
ニュースでは、子どもを抱えたシングルマザー世帯の心中事件について伝えられています。この物価上昇で子どもたちを食べさせ、教育や医療を受けさせられない状況への絶望によるものだと思います。また、別のニュースでは失業者が増えていることや十分な収入を得られない人が増えていることを伝えています。
その結果、強盗など治安の悪化が起きています。そして、今は特別な技術のある医師だけではなく、あらゆる人たちがスリランカを出て、ヨーロッパやカナダ、オーストラリアに移住しようとしています。このことが将来に深刻な影響をもたらすでしょう。
正直なところ、これから何がおきるのか、どうなっていくのか、誰にも分かりませんが、この先数年間は良くならないように思えます。そして、この経済危機がもたらすあらゆることはスリランカの人びとの日々の生活に悪影響を与え続けるでしょう。
(スリランカ事業担当 西森光子)