特定非営利活動法人 パルシック(PARCIC)

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能登出張レポート 人がいてこそ。能登での居場所づくりに参加して。

  • 活動レポート
  • 令和6年能登半島地震 緊急支援
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はじめまして。4月からパルシック東京事務所に入職した竹内です。

今年の2月に始まった「なごみプロジェクト」の運営を手伝いに、4月末ごろまでひと月、能登町にいます。このレポートではその前半で体験した「なごみ」での活動や滞在中に感じたことをお伝えします。

能登の道

空港の滑走路からなごみのある国道まで、まだ大小さまざまな道の凹凸が残っています。陥没は埋める形で修復が進み、崖崩れや氾濫で崩れた川岸は黒い大きな土嚢などが積まれ仮の修復が行われています。ゆがみや崩れの大きなところもあり、そうした箇所は片側交互に通行する形がとられていました。山肌ごと剥がされたような崖も含め、震災からは1年3か月、豪雨からは半年以上経過した中ようやく工事が本格化したところもあるそうです。宇出津の港には絶えず公費解体で出たがれきを運ぶトラックが出入りしています。被害の大きさはさまざまですが、訪れたどの地域でも解体後の更地と解体前の崩れた住居、ブルーシートで応急処置をした住宅があり、この一年以上の時間を思い苦しい気持ちになりました。

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片側通行の信号

  • 2か月目のなごみ

カフェ、運動スペース、子どもスペースを備えた「なごみ」がオープンしてから2か月。メニュー考案や調理といったカフェ運営の中心は、能登出身のスタッフをはじめとした地元の方々です。なごみを利用されるのは近隣の地域に暮らす方を中心に、ちょうど春休み中の小中学生や子ども連れの方、地元の卓球クラブのメンバー、またお仕事途中にランチに来る方、観光途中で立ち寄った方までさまざまです。厨房にいる地元のメンバーやパルシック能登事務所のスタッフを訪ねて来られる方も多く、「〇〇さん、元気―?」、「久しぶりだね」といった言葉がかわされています。スタッフも含め、知り合いどうしで近況をお話ししている様子をレジに立ちながら目にして、地域の温かさと関わりあいを喜ぶ雰囲気を感じました。なごみは、食事が出来るコミュニティセンターといったイメージで、利用される方も近くにお住まいの方が多いので、利用される方同士の交流もよく見られます。

 

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なごみのカフェスペース

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なごみの日替わりランチ

人がいてこそ

出張中、能登町の農家民宿に数日間、滞在する機会がありました。昨年1月にパルシックが能登緊急支援を始めたとき、拠点としての場所を提供してくださったという民宿です。大変静かな山間にあり、別のお仕事をされながら民宿を経営されています。定住しないまでも地域に来る人を迎え入れる場所を作りたいとの思いがあってはじめた民宿には、ピザを食べられる水上の小屋や田んぼもありました。震災当時は水道工事の技術を生かして近隣の湧水を水道に使えるようにしたことで、断水中も水に不自由せず生活できたというお話を聞きました。生業と生活と自然が結びついた能登だからできたと得心がいきました。

また、「なごみ」での活動のほかに、日本三大イカ釣り漁港として有名な能登町小木へ『いしる』仕込みのボランティアに参加しました。『いしる』はイカのはらわたを塩で漬け込んで作る能登半島の伝統的な調味料(魚醤)で、作り手ごとにイカでなくイワシを使ったり、両方混ぜたり、一年漬けたり三年漬けたり、味が様々に異なります。使うはらわたも富山湾産のスルメイカのものが脂ものっていて一番いしるが美味しくなるそうです。

今回ボランティアを募集されたいしる工場では春に『いしる』の仕込みを行っており、直径2mほどの大きな容器に、ブロック状に凍ったいかのはらわたを容器が満たされるまで投入します。いかわたブロックを投入し終えたら、上から塩を数百キロ投入し、仕込みが完了。ここから一年間熟成して『いしる』が完成します。一年に一度の仕込みで毎年、地域の方やアルバイトを募って作業を行うのですが、これまで仕込みに参加されていた方が高齢になって参加できなくなったことや、地震や豪雨の影響で社員の方が離職されたことによる人手不足、そして、地震によって設備が壊れたことなどで昨年は出来なかった分の仕込みを行うためにボランティアを募っていました。

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『いしる』の仕込み作業。イカのはらわたが固まったブロックは1つ16キロの重さで運ぶだけでも重労働

民宿の方もいしる工場の方も、そして別の日に訪れた輪島出張朝市で輪島塗を販売されていた方も仰っていたのは、「人がいなくなり、戻らない」という震災後の課題です。民宿に向かう道中には十年以上耕作する人がいない荒れた棚田の跡がいくつもあり、道路脇の溝は落ち葉で埋まっていました。、また民宿も棚田と同様「辞める人はいても始める人がいない」ということでした。輪島塗は震災で多くの職人が離散してしまい、分業が成立せず廃業するところもありお話を聞かせてもらった方の工房も再開のめどはたっていないといいます。私がなごみで感じた地域のつながりや温かみも、そこに人が暮らしていなければ維持できないため、今回の『いしる』仕込みなど色々な形で地域に関わる人が必要です。私も温かく受け入れていただいた能登にこの先も関わりを持ちたいと思いました。

能登の春

東京では桜も散り始める時期ですが、能登はこれから満開です。パルシックの拠点がある宇出津からなごみの間の海沿いの国道に植えられた桜のつぼみが開花を目前に膨らんでいました。雨に風に天気がコロコロ変わるのですが、桜から振り返って反対側、よく晴れた日には内浦の穏やかな海と、水平線の上のまだ雪を残した北アルプスが浮かびあがります。田んぼにカエルのカタカタという声が満ち、畦に土筆(つくし)が伸びています。能登に住み続けて来られた方は、それぞれの地域や生業に根差しそれぞれに異なる春の訪れを迎えてきたと思うと、この自然のうちに人のある場所と生活を繋いでゆけるようにしたい気持ちになりました。

現在のなごみにある、震災以前からある温かい雰囲気が維持され、憩いの場としてより充実するために、私はどう振舞えるのか。能登の方々にとって私は外の人であること、ひと月の短期滞在であることなどが頭の片隅にあり、身を置く姿勢に悩むこともある前半でした。しかしそれは前提のことで、到着した当初から能登チームのメンバーも、なごみにいらっしゃる方も、よい意味で気にせずといったように受け入れてくださいました。災害含め、多く辛い思いをされてきているはずです。しかしなごみでの会話やイベントなど地域の方どうし助け合い返し合っている場には活力があります。

出張後半、いま能登で生きる、地域の方や外部からお仕事で来られた方、前半に知り合えた方やパルシックの能登チームの方々の場所に加えていただき、言葉を交わすことのできる時間に感謝しながら、より能登を知りかかわり続けられるよう、私も元気に動きたいと思います。

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(東京事務所 竹内玄)

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